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元19の現在とは?岡平健治が経営者になっていた!解散からの経緯について

      
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「あの紙ヒコーキくもり空わって」で一躍トップアーティストへと登りつめた19(ジューク)の元メンバー、岡平健治さんの現在がすごいと話題になっています。

それは、経営者として当時を上回る額を稼ぎ出しているのだとか。

19の解散は世間に衝撃を与えましたが、その後はなにがあったのでしょう。

ここでは、元19のメンバーである岡平健治の現在についてまとめていきます。

それでは、見ていきましょう。

 

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元19現在は?

 

19が大流行したのは、1999年。

「あの紙ヒコーキくもり空わって」が大ヒットしました。

解散後、元19のメンバーだった岡平健治さんは、ライブハウスやスタジオ、カフェバーを経営する「RockFord Records」の会長顧問を務めています。

現在経営者となって当時よりも多くの額を稼いでいるという岡平健治さんは、中学からプロミュージシャンを目指していたそうです。

 

高校3年生のときに岩瀬敬吾さんと出会いました。

「少年フレンド」を結成し、イラストレーターで作詞家の326(みつる)さんを引き入れた後に、19(ジューク)としてデビュー。

あの紙ヒコーキくもり空わってが大ヒットして、デビューしてからたった2年で、紅白歌合戦に出場する有名アーティストの仲間入りを果たしたのです。

しかし、2002年に突如解散を発表。

岡平健治さんは当時をこう振り返っています。

「輝かしい青春時代だった」

「気持ちとしては長く続けたかったけど、めまぐるしい毎日の中で、何も考えられないほど忙しくて…」

「あれ以上の楽しい時間はなかったですよ」

 

再結成について何度も声をかけられるそうで、そのことについてはこう話しています。

「思い出は思い出のままで、美しいままでとっておきたい」

今でも19の元メンバーたちとは連絡を取り合っているそうです。

アーティストとして売れることはうれしいですが、長く続けるのは難しいことですよね。

一夜限りの復活も増えている昨今、流行や周りの声に流されずに、自分たちの決めた道を進むことはすごいことだと思います。

それだけ当時の形を壊したくないという想いがあるのでしょう。

 

元19現在は…経営者になるきっかけ

2002年の解散後から、岡平健治さんは3ピースバンド「3B LAB.☆S(スリービー・ラボ)」を結成しています。

19がなくなってしまった後も、精力的に音楽活動を続けていました。

しかし、一旦は音楽業界から身を引き、音楽を辞めようと思ったことも。

 

ファンに最後の挨拶をしようと考え、弾き語り自走ツアーを始めたそうです。

自分一人でハイエースを運転しながら全国を回るという荒業。

すごいですよね。

そのときに、音楽を続けようと感じることがあったのだとか。

「『あ、生きてる』って感じがしたんです。それでなんか、もっかいやってみようかなと」

 

音楽を続けようと決心した矢先、結成したバンドメンバーとの契約終了の通知が届きました。

メンバーとの契約終了は残酷なもので、当初は受け入れることができなかったそうですが、岡平健治さんは考え直し、レコード会社に自分も辞めることを告げたのです。

そこから、2010年にRockFord Records株式会社を設立。

自身のソロベストアルバムをリリースして、音楽活動に専念していました。

資金は、趣味で集めていたスーパーカーを売り払って得たお金。

音楽にかける想いが伝わってきます。

 

元19現在…経営者

岡平健治さんは、小さな経済圏を目指しているのだとか。

「いまは売れることだけがすべてではない。」

と話していて、立ち上げた会社には3B LAB.☆Sのメンバーを社員登用しています。

雇用する社員の数も増えて、近隣の大学などからインターンを受け入れているのだとか。

岡平健治さんの現在の役職は、会長顧問。

代表取締役社長を務めるのは、3B LAB.☆Sのメンバーである千葉貴俊さん。

常務が、ギターの畝沖修司さんです。

 

岡平健治は、デビューする前に住んでいたは家賃1万8000円の風呂なしアパート。

今会社があるビルに住むことを夢見ていたのだとか。

現実になるなんてすごい行動力と音楽愛ですよね。

売れないミュージシャンにとっての希望ではないでしょうか。

現在、音楽活動をしなくても十分に贅沢な生活ができる岡平健治さんですが、音楽活動は続けていくとのこと。

自分と同じ楽曲や世界観を作り上げるアーティストが出てこない以上、これからも続けていくと話しています。

 

元19の現在に世間の反応は?

当時の人気を振り返り、あのときはすごかったなと思い出すファンの方が多くいます。

19が流行したときにちょうど学生だった人たちからは、応援していますとの声が。

岡平健治さんは19復活は絶対にないと話していましたが、19が大流行したときの思い出は、当時の学生やファンと共有できているのではないでしょうか。

「ゆず派、19派にわかれてたな~。私は19派。たくさん名曲ありますが、当時中学生だった私が、小田急柿生の歌詞にジーンと心に響いたこと、今でも忘れません。」

「懐かしいなぁ~!」

「自分だけの利益ではなく、メンバー、ファン、そして次に続く若いミュージシャンの為にやっている事、共感出来ます。これからも頑張ってほしい。」

引用元:ヤフーコメントより

岡平健治さんは19の再結成に対して、絶対にないと断言していますが、ファンからはやはり、結成して表舞台で歌う姿をみたいと望んている人もいます。

「結成してほしい!すべても好きだったなぁ~!」

「当時は「19 or ゆず」くらいフォークデュオで19派でした
水陸空無限大は実際五輪の応援ソングだった記憶があるし今も続いていてくれたら
ゆずと双璧のビッグアーティストとして大成してたかもしれない
再結成してくれないかな」

引用元:ヤフーコメントより

学生時代にヒットした曲や思い出の曲はおとなになっても、当時を思い出す大切な曲ですよね。

その思い出を壊したくないということで、再結成はこれからもないのでしょう。

売れないアーティストや音楽活動などに専念し、ひょっとすると、プロデューサーとして新しいアーティストを世に送り出すことがあるかも…。

これから岡平健治さんの活動が広まっていくといいですよね。

 

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