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有吉弘行 視聴者目線が人気の理由?歴代の名司会者の変遷についてまとめてみた

      
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お笑い芸人の有吉弘行さんに注目が集まっています。

それは、視聴者目線のコメントや言動が歴代の名司会者に引けを取らないということです。

過去の名司会者についてもまとめてみたので、ぜひ見てください。

それでは、有吉弘行さんの魅力などについて知っていきましょう。

 

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有吉弘行 視聴者目線とは?

 

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お笑い芸人の有吉弘行さん(45歳)が話題に上がっています。

それは、現在名司会者として不動たる地位を獲得し、レギュラー番組などを多数持つなどいろいろな場所で活躍しているからです。

有吉弘行さんは地上波で放送されている番組だけでも9本出演しており、司会者として活躍しています。

その理由は、視聴者目線でのコメントが人気を集めているからだそうです。

 

有吉弘行 視聴者目線…猿岩石時代について

有吉弘行さんは1994年に同級生の森脇和成さんを誘って、「猿岩石」というお笑いコンビを結成しました。

有吉弘行さんたちの地元は広島県。

1996年には当時大人気だったバラエティ番組『進め!電波少年』に出演。

その中の「ヒッチハイクでユーラシア大陸を横断する」企画で注目度が上がったのです。

とてもおもしろい番組でしたよね。

懐かしいです。

有吉弘行さんは帰国した後、秋元康さんがプロデュースした「白い雲のように」で歌手デビューを果たしています。

それからはお笑い芸人というよりはアイドルのような人気を博しました。

超絶人気ありましたよね。

この曲は、当時ずっとテレビやお店などで流れていた記憶があります。

猿岩石といえばこの曲を歌った人というイメージも。

さらに、『猿岩石日記』が250万部の大ヒット。

『猿岩石日記』は、ヒッチハイクの企画を書いた本です。

ここまでは順調にお笑い芸人として突き進んでいましたが、やはり、芸能界はそんなに甘くないのか、ブームがなくなるとテレビ出演も減っていきました。

猿岩石は2004年に解散。

有吉弘行さんはピン芸人として奮闘することになります。

 

有吉弘行 視聴者目線…毒舌とあだ名芸が生まれるまで

有吉弘行さんといえば毒舌とあだ名芸で有名ですが、それは、猿岩石解散後の仕事がなくなってしまった期間にルーツがあるようです。

有吉弘行さんは仕事がない期間はずっと家でテレビを見ていたそうです。

出演している人たちに向かって毒舌を吐き、番組に対して文句を言い続けていたのだとか。

想像するとちょっと怖い光景ですが、その経験が今に活きているみたいです。

しかも、テレビを見続けていた時間は、朝から放送が終わるまで。

執念というやつなのでしょうか。

しかし、この経験があったからこそ2007年からあだ名芸で頭角を表し再ブレークを果たすのです。

すごい復活劇ですね。

今ではコンプライアンスやなんだかんだで言いたいことが言えないテレビになっていますが、それでも毒舌や辛辣な意見は聞きたいところ。

有吉弘行さんは、視聴者目線というものを仕事がない期間に培い、現在の人気につなげているのです。

 

有吉弘行 視聴者目線…活字好き

有吉弘行さんは、ご飯のときになにか無いとダメと公言するほど、漫画や活字が好きなんだとか。

いろいろな番組でコメントを求められることもありますが、有吉弘行さんは的を得た意見を言う印象があります。

それは、活字好きから来ているようですね。

辛辣な意見や毒舌は一歩間違えるとただの悪口。

それは見ていておもしろくもなんともないのですが、活字好きから来ている博識が言葉使いやなんやらに関係しているようです。

毒舌で人を笑わすって、頭がいいかセンスがないとできないですからね。

視聴者が「それ、言ってほしかった」というラインを絶妙に通る話術を持っているからこそ、名司会者としての地位を獲得しているのでしょう。

 

有吉弘行 視聴者目線…歴代の名司会者の変遷

 

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有吉弘行さんが名司会者として君臨している今、過去の名司会者との共通点があるかもしれませんね。

歴代の名司会者の変遷を簡単にご紹介していきます。

 

トニー谷

トニー谷さんは、1949年にデビューした舞台芸人です。

司会者として番組などを進行するだけでなく、観ている人に笑いを届ける司会者の形を作った人。

芸能人とのコネを作ったのは慰問芸能団編成にかかわったことから。

デビューは、日米野球の司会の代役からです。

英語と日本語を混ぜて話す独特の言葉である「トニングリッシュ」で芸人として人気を集めました。

トニー谷さんの「家庭の事情」という言葉は流行語となり、ジャズコンサートの司会者として超有名に。

また、赤塚不二夫さんの漫画『おそ松くん』のキャラクターであるイヤミのモチーフになったそうです。

影響力すごいですね。

そろばんを使った芸が有名ですが、トニー谷さんが発する毒舌がお茶の間に支持されました。

 

大橋巨泉

トニー谷さんの人気が落ちていった頃に頭角を表したのが大橋巨泉さんです。

大学時代はジャズバンドのコンサートで司会をしていたそうで、1960年から1980年頃放送されていた番組『11PM』で司会者として人気を集めました。

大橋巨泉さんのスタイルは、七三分けに黒縁メガネ。

なんでも知っていますよという上から目線の態度です。

どんなときにも毒舌を吐く姿に、注目が集まりました。

しかし、その毒舌は知識があったからこそはけたもので、説得力があったのです。

この点は有吉弘行さんとの共通点ではないでしょうか。

 

ビートたけし

ビートたけしさんが登場したのは、1980年代。

ツービートのボケとして注目を集めました。

ビートたけしさんの毒舌は当時の若者たちから支持され、さまざまな番組で司会者としての地位を獲得しています。

今でもさまざまな意見を言っては注目を集めていますが、そこには芯がありますよね。

 

タモリ

タモリさんが世に出たのはビートたけしさんと同時期でした。

大学時代は、ジャズバンドの司会者として活躍していたんだとか。

タモリさんが芸能界に入る道筋を作ったのは、トニー谷さんの分身と言えるイヤミを作った赤塚不二夫さん。

こんなところで繋がりがって感じですね。

タモリさんと言えば『笑っていいとも!』ですが、ゲストによって使い分ける話術に、引き込まれてしまいました。

笑っていいともは生放送の番組でしたが、必ずといっていいほどハプニンがありましたよね。

タモリさんはそれすら笑いにしてしまいます。

そのスキルは大学時代にジャズバンドの司会者をやっていた経験でしょう。

経験がどこに活きるのかわからないものですね。

 

有吉弘行 視聴者目線に世間の意見は?

有吉弘行さんの視聴者目線によるコメントなどについては、自分の知らないことを知ったかぶりで話したりしないところがいいや、バランス感覚があるからこそ支持できるなどの意見があります。

毒舌をはく人だけれど、なんだかんだすごく真面目な人だからこそ人気を集めて続けていのかもしれませんよね。

それでは、世間の意見を見てみましょう。

「空気を読む力がずば抜けている。きっと苦労したんだろうなと思わせる。
頭がいいというか機転が利く、という感じ。バランス感覚がいいよね。先輩と後輩への態度も見てて愛を感じるもの。」

「ある意味令和というか平成向きの司会者。極端に行けばネットやらで叩かれるけど有吉はそこまでしない。毒も薬も持った感じ。」

「毒を吐きながらも自分の性癖なんかを笑いながら暴露しちゃうところが、なんとなく身近に感じられる要因なのかなあ。
大御所のMCが言うとイラっとするようなことも、この人が言うと気にならないのも、ちゃんと言われる側のことも考えて発言してるからなんだと思う。
とんでもなく想像力がある人なんだろうな。」

引用元:ヤフーコメントより

有吉弘行さんの発言や行動には、肯定的な意見が多く見られました。

人が言えないことをおもしろおかしく言えてしまうのは、さすが芸人さんと思います。

これからもいろいろな毒をはくことだと思いますが、守りに入りすぎずにいってほしいですよね。

 

有吉弘行 視聴者目線のまとめ

お笑い芸人の有吉弘行さんに注目が集まっています。

それは、視聴者目線の司会者としての地位を獲得しているからです。

現在地上波で放送されている番組でも9本もの番組で司会者をしています。

これまで名司会者と言われる人が何人もいましたが、それらの人とは大きく違うのが視聴者目線という点です。

ただの毒舌ではなく視聴者がテレビの向こうで言ったり、言いたかったりすることをズバッと言えるスキルが支持されているんだとか。

猿岩石としてアイドル的な人気を博しましたが、その後仕事が無い日もあったそうです。

そんな時に見つけたのが、「毒舌」と「あだ名芸」。

好きなことは諦めちゃいけませんよね。

これからもいろんな芸能人や有名人にキレのあるあだ名と毒舌をかましていってほしいと思います。

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